この世界にはユートピアもディストピアもない

フランスから帰ってきて1ヶ月半が経った。
空港から外に出た瞬間、あ、アジアの空気だ と思った。匂いと湿気が。日本に着いた瞬間、なんとなく異国感を感じたと同時に、帰巣本能が働いたかのようにさっさと電車に乗れた自分もいて、不思議な感覚だった。あと全部日本語表記なことに嬉しくも違和感を覚えたな。


帰国して1週間は心ここに在らずという感じでふわふわしてた。さすがに今は帰国した実感があるが、まだフランスで見たもの、通った道、街の様子がありありと目に浮かぶ。留学は夢だったのかな、と思ったりもする。実際夢みたいな時間を過ごした。


中高では勉強と部活、大学では授業とバイトとサークルで時間に追われ続けていた日本での生活から解放され、自分の好きな勉強、趣味、やりたいことに没頭できる環境とありあまるほどの時間を手に入れた。
実際、長年学びたかった音楽を勉強できたし、楽器を買って地域のオーケストラに入ったし、暇な時はピアノを弾いていたし、睡眠時間は7時間以上とれたし、バカンスには旅行しまくった。


それでも時間が余った。
私が留学してよかったと思うことの一つは、この暇な時間に自分自身と向き合うことができた、ちょっとしたことでも考えるクセがついたことだ。哲学的なこともしばしば考えた。時間に追われていると素通りしてしまうような物事に立ち止まって考えるようになったこと、また心に余裕を持つ術を知ったことで、留学する前の私と今の私はどこか違うな、変わったなと思う。


でも、夢みたいなことばかりじゃなかった。フランスに行った当初は、日本での生活との差に「ここが理想郷か」と感じた。でも違った。私は生まれてから留学するまで、日本人であることを全く意識しなかった。人種差別を受けたことがなかったから。1番ショックだったのは、アジア人だからなのか日本人だからなのかは不明だが、挨拶したら無視されたこと。フランスは移民の国というが、アジア人の数は少ない。だから中国人・朝鮮人・日本人の区別がつかない人も大勢いる。物珍しさからだろう、すれ違いざまに「おい中国人!」と声をかけられたこともある。間違えるんじゃねえ!と変にナショナリズムを発揮し、"日本人らしさ"という呪縛からなかなか逃れられなかった。日本とは違う窮屈さだった。これについてはちょっと後悔している。もともと引っ込み思案な性格に拍車をかけてしまった。(そんな自分が嫌になり最後のほうにはもう どうでもいいや と吹っ切ったが)


フランスは従業員間で連携が取れておらずすぐ「それ私の仕事じゃないから別の人に言って(c’est pas à moi)」と言うし、電車はよく遅延する&キャンセルされる(supprimé)し、冬は寒くて長いし、まじで何百回も「フランスはクソ」って言ってたけど、それでも私はフランスが好きだ。我が道を行く精神、他人のことは気にしない、干渉しない。そんな環境が大好きだった。私のやることなすことに誰も口出しをしないので本当に楽だった。

 


日本の"みんなと同じが正義"という文化が嫌いだ。あとフランスから帰ってきて ゆるふわ が嫌いになった。そして日本人働きすぎ、イライラせかせかしすぎ(でも歩くのは遅い)、失敗を許さなすぎ。便利な世の中になって効率が良くなったのはいいことだけど、便利すぎるせいで心の余裕を失うのは人としてどうかと思う。
あと、お客様は神様という文化。私自身、飲食で働いた経験があるが、すごく忙しい時に呼ばれると「ちょ待てよ」と思う。呼ばれるだけならいいが、イライラせかせか不機嫌そうにされると「お前いい加減にしろよ」とキレそうになる。ちょっと周り見て?忙しそうにしてるでしょ?待って?急いでるんなら来ないで?

フランスでは注文時、基本的には店員を呼ばない。フランスは従業員≧客なので、お客さんは店員が来るまでおしゃべりしながら待つ。この構造は銀行でもスーパーでも同じなので従業員側は働きやすそうだなと羨ましかった。


こんなに日本をdisっているものの、やはり日本にも好きなところがあって。ワンコインで食事ができるし、和食は健康にいいし、温泉大好きだし。日本人でよかったなと思ったりもする。

 


フランスに行って分かったのは、この世界にはユートピアディストピアもないということ。どの国にもいいところもあるし悪いところもある。長期間滞在することで、旅行だけでは見えない部分まで見えた。きつい言い方をすると、"現実を目の当たりにすること"、これも留学の一つの醍醐味かもしれない。